開発の心得

プログラムを書くことについて考えます。思いつくままにただ書くだけでは、早晩行き詰まってしまいます。その原因を突き止め、対策を立てましょう。何を作るにしても、事前の準備が重要です。

あなたはもう若くはないのです。若さとは、技術の低さです。技術がないから、選択肢に気づかず、一気呵成に書けてしまうのです。年齢を重ねるにつれ、気づきもあり、技術もつき、書けなくなっていきます。これはプログラマの運命です。

馬鹿であれ。小学生のころからプログラムを書きつづけてたどり着いた境地は、この一言ですべて表現できます。賢くある必要はないのです。

動くコードはよいコード

プログラムは、価値を生産します。そうでなければ、ただの念仏です。生産とは、新しくなにかを作ることです。ファイルであったり、またユーザの空き時間であったりもするでしょう。逆に、価値をなにも生産しないプログラムもあります。たとえば、スロットマシン。理由は言及しません。

動けば勝ち。単純ですが、それを実現できるプログラマの人数は驚くほど少ないのです。プログラムを学んだ多数の人のうち、おそらく10人に一人いるかどうかくらいではないでしょうか。

プログラマとしての適性があると、動くプログラムは書けません。動かないプログラムを、自分が死ぬまで書きつづけることになるのです。馬鹿であれとはこの部分にもかかっていて、あらゆる便利な動作をするプログラムを追い求めるのはとりあえず横に置いて、ひとつのことを確実にこなすプログラムを意識して書いていく馬鹿さ加減を持つ必要があるでしょう。

人生は短い、コードを書け

設計は完璧、でも書くのに何年かかるの?と、これがよくある話で、夢を追い求めると人生は終わります。誰しも、自分で使うものは自分で作りたいと考えることでしょう。自分の家を建てるために釘から作り始めることがまったく現実的でないのは誰でもわかりますが、ことソフトウェア業界となると、それが現実になりがちです。いまの自分を振り返って、もしや釘を作ってはいませんか?巨人の肩には積極的に立っていく、そうでなければ家は建ちません。

どんな素晴らしい実績をもってしても、死ぬ直前になって、まだ何もしていないのにと悔やむことは避けられません。プログラマにとっての死とは、自分の技術の成熟です。選択肢が見えるばかりに、ああでもないこうでもないとやり、そんなことをしているうちに、死ぬのです。馬鹿は生きる、賢者は死ぬ。この業界においてはその傾向が強いようです。

なにか一つくらいは世に残していきたい、人類に貢献したい、それを善欲と呼びます。善欲は、めぐりめぐって自分の身を滅ぼします。他人のためもいいですが、自分の生活があってこそです。まずは自分のためにコードを書かねばなりません。


© 2019 高崎 伸裕 (Nobuhiro Takasaki)